【レイプされても傷つくな?】ストア派哲学の魅力と注意点

こんにちは!

「凡さんす」(@academicocktail)と申します。

西洋哲学やジェンダー学を勉強中の就職浪人生です。

この記事では、以下のような疑問に答えます。

この記事で答える疑問↓ 

新大学生
ストア派哲学ってどんな哲学だろう?良いところと悪いところについて知りたい。

2分ほどで読み終わる記事ですので、どうかお付き合いください。

ストア派哲学とは

ストア派哲学の始祖ゼノン

ストア派哲学は、古代ギリシア哲学のひとつです。紀元前300年ごろ、キュニコス派哲学を受けついたゼノンという哲学者が始めました。

2000年以上も前の思想ですが、未だに世界各地で強い影響力を保っています。実は「ストイック」という言葉の語源となっているのもこの「ストア」という言葉です。

始祖のゼノンのほか、エピクテトス、セネカ、ローマ皇帝のマルクス・アウレリウス・アントニヌスなど、数多くの有名な論者がいます。

ストア派哲学の要点:コントロールできるものとコントロールできないものを区別する

ストア派に限らず、哲学の教えを一言で教えを表すのは無理です。

ですので、ここでは部分的に紹介しておきます。

ストア派哲学の重要なかでも重要な教えの一つが、

自分にコントロールできるものとコントロールできないものを明確に区別する」というものです。

ここで、コントロールできるものとコントロールできないものは、それぞれ次のようになります。

コントロールできるもの = 自分の意思決定と行動(ただし、心身が健康状態にあるときに限る)

コントロールできないもの = それ以外の全部(他人、自然環境など)

具体例として、受験勉強で考えてみましょう。

志望校と合格するための学習計画を定め(意思決定)、その通りの勉強する(行動)ことは自分のコントロールの範囲内にあります。

しかし、途中でインフルエンザにかかって行動が制限されることもありますし、運が悪ければ、途中で自宅が火事にあって必要なテキストが全焼してしまうこともあるかもしれません。

また、それなりに計画通りに勉強できたとしても、自分が覚えていなかった分野が当日出題されたり、同じ志望校の受験生がたまたま学力の高い受験生揃いだったら、必ずしも合格できるとは限りません。

・私たちは一人ひとり主人公として自分の人生を生きているように見えて、自分にコントロールできないことはたくさんある。

・だから、自分のコントロールできないことで不運を被っても精神までやられてしまうのではなく、前向きに自分のコントロールできることを頑張るべし。

これが、ストア派哲学の教えの一つ「コントロールできるものとできないものを区別する」です。

【体験談】ストア派哲学の魅力:精神の安定につながる

以上、(かなり断片的ではりますが)ストア派哲学の教えを解説しました。

ストア派哲学はもちろん一つの考え方にすぎず、絶対的に正しい原理ではありませんが、個人の人生を豊かに生きるうえではかなり有用な思想であると考えています。

具体的に言えば、「精神を安定させる」ためにストア派哲学はかなり役立ちます。

説得力を増すために、この記事を書いている私自身にとっても、ストア派哲学の実践が人生にプラスをもたらしていることを報告しておきましょう。

昨日、大阪の市街地で買い物をしていたときのことです。

帰り際、衣料店で会計をしたときに、ノートパソコンの入った荷物がいつのまにか手元から消えていることに気がつきました。

試着室などをチェックしましたが、どこにも見当たりません。

どこにおいたか全く記憶がなかったのですが、とりあえず、今日立ち寄ったところを一つずつ見て回ります。

荷物を探しながら、「パソコンをなくしていたらどうしよう」と大きな不安に脅かされました。しかし、ここでストア派哲学の教えを思い出した私は、自分にコントロールできるものとコントロールできないものを整理してみたのです。

すると、次のように整理できました。

《コントロールできること=意思決定と行動》

・心当たりのある場所に戻り、探す。

・カバンにはスマホの充電器も入っていたが、とりあえずこれは緊急で必要であるし、そこまで高額でもないので、荷物が見つからなかった場合には、電気屋が閉まる前に充電器だけでも買いにいく

《コントロールできないこと=上記以外の全て》

・カバンが見つかるかどうか。

結果的に荷物は見つかったのですが、それまでの間ストア派哲学を実践することによって精神の健康を保つことができたのは、非常に良かったと実感しました。

ストア派哲学を使うときの注意点

さて、このように人生からストレスを減らすために役立つストアは哲学ですが、実践にあたり注意すべき点もあります。

それは、「他人にストア派哲学を強制しないこと」です。

なぜか?

上記の通り、ストア派哲学はざっくりいうと「どうにもならないことに心を惑わされるな」という教えです。例えば、論者の一人エピクテトスは次のように語っています。

「覚えておきたまえ。殴られたり、侮辱されたりしたから傷つくのではなく、傷ついた思うから傷つくのである。誰かに挑発されて腹を立てるときは、きみの気持ちがそれに加担しているのだ」(エピクテトス『提要』)

たしかに、どんなにひどいことが起きても自分の精神状態は自分でコントロールする、というのは、困難にぶつかった時に役に立つ考え方ではあります。

ですが、これを、ひどく心身を傷つけられた相手に対してぶつけてはいけません。

具体例を出せば、次のような使い方をしてはいけないということです。

友人

実は、この前恋人にデートレイプされて、辛い。信頼していたのに裏切られて、立ち直れなさそう。

ストア主義者

レイプされたから傷つくのではなく、傷ついた思うから傷つくのである

このような助言は被害者をさらに傷つけるセカンドレイプでしかありません。

ストア派に限らず、全ての哲学や思想、宗教は他人に強制していいものではありませんが、本人の精神に多くを要求するストア派はとくに、SOSを出している他者に対して強要すれば「暴力」になりかねない思想だと思います。

まとめ

今回は、古代ギリシア哲学の一つストア派を紹介しました!

もう一度記事の要点を整理しておきます。

《まとめ》

・ストア派哲学の教えでは、コントロールできるものとコントロールできないものを区別する

・コントロールできるのは自分の意思決定と行動のみ。それ以外はコントロールできない。

・コントロールできないものに精神を惑わされることなく、コントロールできることのみに集中するべき。

・ストア派哲学の教えは、(とくに心身が深く傷ついた)他人に押し付けると「暴力」になりかねない。

「ストイック」な態度が有効な場面とそうでない場面をしっかり見極めて、人生に役立てていきたいですね。

興味の湧いた方はこちらの書籍を読んでみていただけたらと思います♪


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