貧困は社会のせい?貧者のせい?:ヤング『正義への責任』

貧困。

日本は先進国であり、そこに住む私たちは世界標準から見ればある程度裕福な生活を送れているというのが一般的見解でしょう。ですが、ご存知の通りこの国でも全員が生活の必要を満たせているわけではありません。路上生活者の数は減っていませんし、少しアクシデントが重なれば誰もがそうなるリスクを負っています。貧困問題は、まだまだ完全な解決に近づく兆しを見せません。

ところで、次のように問われたとき、みなさんはなんと答えますか?

「ある人が貧困状態にあるのは社会のせいか?それともその人のせいか?」

これは難しい問いです。富の配分が偏っており、しかもそれを是正する仕組みのない「社会のせい」と答えることも可能ですが、一方で、貧困から抜け出す能力・努力不足という意味で、「その人のせい」とすることも筋は通っています。

社会が悪いのか、貧者が悪いのか。

今日は、この問いに真正面から……ではない、斜めから答えた学説を紹介します!

というわけで、少し間が空いてしまいましたが、今後もいつも通り更新していきたいと思います!

今回のテーマは「責任」です!

※2018年4月4日に公開した記事ですが、同年4月6日に一部加筆修正しました(主に原文の日本語訳を加筆)。

本と著者の紹介

今回紹介するのは、アイリス・マリソン・ヤング氏の『正義への責任』(Responsiblity for Justice)です。本題に入る前に、簡単に作者の紹介をします。

ヤングは、シカゴ大学などで活躍していたアメリカ人政治哲学者であり、今からほんの十数年前の2006年、57歳という若さにして病没されました。学者としてまだまだこれからという時になくなってしまったヤングですが、そんな彼女が最後に残した文献が『正義への責任』です。最初にして最後の邦訳本となりました。

原著180ページあまりに渡る同書ですが、一貫して議論の核となるのは、”How should we as individuals think about our own responsibility in relationship to social injustice?”(個人としてのわたしたちは、社会的不正義に対する自分自身の責任について、どのように考えるべきなのか)という問いです(原文pp.15, 邦訳pp.18)。

ここでいう「社会的不正義」および「責任」という言葉が何を指すのか、以下でクローズアップしていきます。

社会的不正義

社会的不正義の説明をするために、まずは「正義」(justice)の考察から出発します。ここでは、「正義」をふわっと「正しいこと」と定義しておきます。

もっとも単純な正義の例として、警察が、市民を困らせている強盗を懲らしめる、というケースが考えられます。ここでは、市民の生活を脅かす強盗には「」(guilt)がありますので、これを裁くことは道理にかなっているわけです。

問題となるのは、加害者が特定できない、したがって「罪」のない不正です。

冒頭で提示した貧困問題は、「罪」のない不正に含まれます。次のようなケースを見てみましょう。以下、東洋経済オンラインからの引用です。順風満帆だった会社員高野さんがホームレス状態に陥る経緯が書かれています。誰のせいでそうなったのか、原因に注意しながら読んでみてください。

高野さんは高校卒業後、大手百貨店で正社員として働き、管理職になってからの年収は1200万円……その生活が一変したのは、咽頭がんを患う父の面倒を見るために介護離職をしたことがきっかけだった。

「母は病弱、6歳年上の兄は両親と折り合いが悪く家に寄りつかなかったから誰にも頼れなかった……」

……退職して2週間後に父が他界……精一杯の親孝行のつもりで葬儀を執り行い、お墓を建てた。その費用は合わせて850万円……

百貨店を退職してから2カ月後……ツアー添乗員などの仕事をしていたが、不況で人員整理がはじまり自ら身を引いた。3番目と4番目の勤め先は、小さな会社で業績も不安定だった……賃金の未払いが重なった。2008年に母が亡くなり……、最低限の葬式を出して貯金が底を突いた。

月5万5000円の家賃を2カ月滞納したところで家主に追い出され、公園で寝泊まりするようになり……

出典:ホームレスになった年収1200万男性の悲劇 | 東洋経済オンライン

2018年4月4日最終閲覧

さて、この場合、高野さんがホームレスになったのは誰のせいでしょうか?

病気の父や母にも、弟を助けなかった兄にも、人員整理をした勤め先にも、給料を払えなかった勤め先にも、住居から追い出した家主にも、法律的な意味での「罪」はありません(給料未払いに関しては詳細不明ですが)。それなのに、同じく何の罪もない高野さんがホームレス状態に追い込まれるという「不正」な状態が起きているのです。

このような、複数の個人・主体が法律の範囲内で(罪を犯すことなく)合理的に動いた結果が重なって、社会に生じてしまった不正のことを、社会的不正義(Social Injustice)といいます。そしてヤングは、こうした誰が罪人であるともいえない不正を処理するために、「罪」とは区別される概念として責任」(responsibility)を導入しました。

タイトルを読み解く:「責任」って何?

ここで「責任」という言葉の定義について、ヤングの記述を引用します。

原文↓

In ordinary language, we use the term “responsible” in several ways. One……to be responsible is to be guilty or at fault for having caused a harm and without valid excuses.” We also say, however, that people have certain responsibilities by virtue of their social roles or positions, as when we say that a teacher has specific responsibilities, or we appeal to our responsibilities as citizens. In this meaning, finding responsible does not imply finding at fault or liable for a past wrong; rather, it refers to agents’ carrying out activities in a morally appropriate way and seeng to it that certain outcomes obtain.

出典:Iris Marion Young, “Responsibility for Justice,” Oxford University Press, 2011, pp.104

日本語訳↓

日常言語では、わたしたちはさまざまな形で「責任がある」という言葉を使う。ひとつは……責任があるということは、正当な弁解の余地なく、危害を引き起こしたことに対する罪、あるいは過失責任があるということだ。しかし、わたしたちは、人々はその社会役割や立場のために、ある種の責任がある、とも言うだろう。たとえば、わたしたちは、教師には特別な責任があると言ったり、市民としての責任に訴えたりする。この意味では、責任の有無は、過去の不正義に対して有罪か有責なのかに関わらない。むしろ、それは、行為者が道徳的に正しいやり方で行為を遂行し、ある結果が得られるようにすることを意味する。

出典:岡野八代、池田直子訳『正義への責任』岩波書店、2014年、pp.155~156

このようにヤングは、罪の結果としてかぶる責任、例えば「花瓶を割った人が弁償する責任」の類と、罪の有無に関わらず関係者として解決に向けて動かないといけないという意味での「責任」を区別しています。そして、後者の「責任」概念をもって、貧困のような誰が悪いとも言えない社会的不正義に対処する必要性を主張します。

どこで聞いたか忘れたのですが、英語の”responsible”(責任がある)という言葉は”respond”(反応する)+”able”(できる)という作りになっていて、「目の前の出来事についてなにか対処することが期待されている状態」がその原義らしいです(確か高校の時に解いた現代文だったかな)。

このように、「責任」は必ずしも「悪い人」が負うものではなく、「反応することが期待される人」がみんなで負うものである、というのがヤングの立場です。だから貧困についても「我関せず」ではなくみんなで是正に向けて働こうと。

まとめ:誰のせいかよりも今から何ができるか

本の後半でヤングは、グローバル化した現代社会では「責任」が国境を超えることを論じます。例えば、やっっすい賃金でチョコレートを作らされているガーナの子供達の苦しみについて、私たち日本人は「罪」は負いませんが、その生産物を消費している以上は全くの無関係ではなく、個々人が「責任」をもって何かしらのアクションを起こすことが期待されるわけです。

「ある人が貧困状態にあるのは社会のせいか?それともその人のせいか?」

という加害者追求も大事ではありますが、それよりも重要なのは、「一人ひとりが当事者意識を持って今から何ができるか」ということなのでしょうね。

今回はヤングが提唱する「責任」概念の基礎を紹介するのみで終わってしまいましたので、興味のある方は書店や図書館で探して読んでみてください!

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