「考える葦」の他にも:『パンセ』名言紹介と読んだ感想

「人間は考える葦である」

「クレオパトラの鼻が、それがもう少しひくかったら、地の全面は変わっていただろう」

多数の名言を収録した『パンセ』(仏: Pensées)。物理学では「パスカルの原理」を発見し、数学では「パスカルの定理」を証明する一方、熱心なキリスト教神学者でもあった著者ブレーズ・パスカル(1623-1662)の頭の中を、今日は少しのぞいてみましょう。

※2018年3月8日に公開した記事ですが、同年3月28日に一部修正しました。

『パンセ』とは?

パンセとは、上でも少し紹介しました17世紀の科学者パスカルの言葉をまとめて編纂した書物です。私も勘違いしていたのですが、パスカル自身が書いた本ではありません。

パスカルが生きた時代、当時ルネサンスによる挑戦や宗教改革による分裂などの要因により、キリスト教は危機の時代にありました。そんな中彼は、キリスト教の正当性を証明するための本を書き進めていましたが、ついに出版することなく没してしまいます(享年39歳です!)。ただ、パスカルは執筆の過程で思いついたことを手元にメモしていました。そして、彼の死後にそうしたメモ群が遺族等によってまとめられ、『パンセ』として出版されて日の目を見ることになります。

『パンセ』は、フランスを中心に未だなお世界中で読まれており、中身についてもよく知られていますが、有名なのは次の一節でしょう。

 人間は一茎の葦にすぎない。自然のうちでもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である。かれをおしつぶすには、全宇宙が武装するにはおよばない。ひと吹きの蒸気、ひとしずくの水が、彼を殺すのに十分である。しかし、宇宙が彼をおしつぶしても、人間はかれを殺すのよりもいっそう高貴であろう。なぜなら、かれは自分の死ぬことと、宇宙が彼を超えていることとを知っているが、宇宙はそれらのことを何も知らないからである。
そうだとすれば、われわれのあらゆる尊厳は、思考のうちにある。我々が立ち上がらなければならないのは、そこからであって、われわれが満たすことのできない空間や時間からではない。だから、よく考えるようつとめよう。これこそ道徳の本源である。

出典:由木康訳『パスカル瞑想録(パンセ)』白水社、1976年、pp.149

すごく力強い言葉だと感じませんか?和訳されているため、本当に味わっているわけではないのですが、このように、『パンセ』には平易な文体でありつつも凄みのある言葉が多く書かれています。

Twitterみたい

実際に手にとって『パンセ』を読んでみたのですが、雑感としては、「Twitterみたいだな」と思う部分が多くありました。本当に思いついたことをいろいろとメモしているという感じなので、「考える葦」の段のように長い文章もある一方で、一文や二文で構成されているものも少なくありません。こんなことを言ったら、パスカル研究者の方々に怒られそうではありますが、無学な私が受けた印象としては、有益なことをたくさんつぶやくフォロワー1000万人超えの有名人の下書きツイート集、という印象です(笑)

例えば、次のようなものがあります。

君は人からよく思われたいのか? そのことを自分で言ってはならない。

出典:同上、pp.54

それから、

実物には一向に感心しないのに、それが絵になると、似ているといって感心する。絵というものはなんとむなしいもんだろう。

出典:同上、pp.84

こんな深いことを言ったと思ったら、

神を知ることから神を愛することまでは、なんと遠いことであろう!

出典:同上、pp.131

ときにはこんな風に興奮してみたり、

無用にして不確実なデカルト。

出典:同上、pp.68

ときには人を批判してみたり、

人々は心情を失っている。
かれらを友人にするわけにはいかない。

出典:同上、pp.109

意味深なつぶやきをしたりします。「ぐぅ!」ってうなるような名言から、「そこまでいう??」って思ってしまう辛口コメントもあったりして、とても面白いです。

もちろんもっともっとFacebookみたいに長く書いている段もたくさんあります。そうした文章はここには載せきれないので是非自分でご覧になってみてください。

個人的に一番好きなことば

『パンセ』をざーっと見てみて一番いいなと思った名言を載せておきます。

人は自分自身を知るべきである。それは真理を見いだすには役だたぬまでも、少なくとも自分の生活を律するには役立つ。そして、世にこれほど正当なことはない。

出典:同上、pp.59

私たちは、どんなに学問を突き詰めても、何についても真理を知ることができません。わかりやすい例は睡眠でしょう。睡眠に関する研究は盛んで、いろいろな学説が出ては対立しています。例えば、「8時間は寝ないといけない」だとか、「90分のサイクルがいい」という学説が出る一方、こうした理論は間違っているという主張がなされたりします。結局、人間一般にとってどのような睡眠が最適なのかを知ることはできません。ですが、「自分が何時に寝て何時間眠って何時に起きたら体調がいいのか」は、少なくともそうした一般的傾向よりは確実に把握することができます。「徹夜をすると体に~のような作用がある」と論じた学説の真偽は判定できませんが、自分が徹夜をすると頭が痛くなることは把握できます。

もちろん、こうした体質の問題のみではありません。自分がどういう価値観をもっていてどういうことに楽しみを見出すのか、自分は何が得意なのか、といったことは、他のことに比べれば把握しやすく、それは後悔しない人生を生きるのに役立つでしょう。「殺人は悪なのか」はわからなくても、「自分は殺人を悪だと思っている」ということは理解でき、そのような自分の価値観を明らかにしていくのは有意義なことだと思います。


【追記】2018年3月28日

いわゆるフェイクニュースが色々な意味で騒がれる昨今では、自分自身以外のことについて「真理を見出す」のが難しいというのは念頭に入れた上で物事を観察するべきでしょうね。フェイクニュースについても記事書きましたのでどうぞ。

「フェイクニュースを”ちゃんと”批判するために」


おわりに

社会科の授業などで名前だけは聞いたことのあるが読んだことはない、という古典は多いと思います。しかし、そうした本を実際読んでみると、当たり前ですが一人ひとり全然文体が違っていて、その人の人間性みたいなものが感じられ、とても楽しい時間を過ごせます。翻訳を介在してはいますが、実際に手にとって本文を読んでみることで、その人の考えていたこと、伝えようとしていたことが、感覚として伝わってくる気がしてきます。そうした意味では、すでにある程度内容を見聞きしたことのある古典でも実際に手にとって読んでみることには意味があると思いますので、当ブログを読んでいて気になった本がある方は、書店なり図書館なりで手に入れて読んでみることをオススメします!


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