トランプゲーム「大富豪」における「革命」は大失敗

タイトルで「トランプ」っていう文字を見て一瞬「お、シリア攻撃について話すのかな?」と思った方もいるかもしれません(いないか笑)。ですが、そうではなくて、この「トランプ」はカードゲームを指します。

数あるトランプゲームの中でもポピュラーな「大富豪」について、同ゲームの醍醐味の一つでもある「革命」ルールを中心に検討してみたいと思います。

「革命」という概念はもちろんトランプゲームのために生まれたものではなくて、現実の世界における「革命」(revolution)のメタファーですが、現実における「革命」とトランプにおける「革命」の対応関係はどのようになっているのでしょうか?

今日はこの議題について、20世紀を代表するユダヤ人政治哲学者ハンナ・アーレントの理論をもって検討してみましょう〜♪

「大富豪」とは?

本題に入る前に、「大富豪」って「どんなゲームだったっけ?」という方のために簡単にルールを解説しておきます。

<前提:カードの強さ>
3 → 4 → 5 → 6 → 7 → 8 → 9 → 10 → J → Q → K → A → 2 → ジョーカー
(右に行くほど強い)

<基本的な流れ>
1. 参加者に均等な枚数のカードを配る

2. 順番を決めて、最初の人が持っているカードを1枚(もしくは一定のルールにしたがって数枚)場に出す。

3. 次の人が、前のカードより強いカードを重ねる(カードの強さは上記)。

4. 順番に強いカードを出していって、誰も出せなくなったら、最後に出した人が好きなカードを出し、次の人がまたそれより強いカードを重ねていく。

5. このようにして、最初にカードがなくなった人が勝ち。

ここまでが一回のゲームの流れで、最初のゲームの順位によって、例えば5人であれば<大富豪→富豪→平民→貧民→大貧民>という階級をつけます(階級の数は人数に合わせて調節します)。

そして、次回のゲームのためのカードを配ったのち、ゲームを開始する前に、「大富豪と大貧民、および富豪と貧民の間で、富者がいらないカードを貧者に渡し、逆に貧者が持っている一番いいカードを富者に渡すということが行われます。こうして、前世にできた格差が次の世界でも継続するのがこのゲームの特徴です。

さて、このままだと、最初に勝った人がずっとおいしい思いをする不平等極まりないゲームになる「大富豪」ですが、「革命」と呼ばれるシステムの存在により、非常に魅力的なものに仕上がっています。

「革命」とは、「同じ数字のカードを4枚揃えて一気に出すことで、カードの強さを逆転させることができる」という決まりです。

したがって、革命が起きた場合には、社会構造が逆転し、弱いカードばかりを持たされた大貧民が最強になります。

以上のように、現実社会における富者と貧者の不平等を反映した残酷な構造をその基本的性格としつつ、「革命」というシステムの存在により、貧者には希望を、富者には緊張感を持たせていることが、「大富豪」の魅力であると要約できるでしょう。

「革命」の本質は「自由」の実現

さて、冒頭で予告しました通り、以下ではハンナ・アーレントの政治理論に依拠して、「大富豪」における「革命」について考察します。

アーレントは、20世紀最大の政治哲学者の一人であり、『全体主義の起源』『人間の条件』など、様々な名著を残しています。彼女を題材にした映画「ハンナ・アーレント」も2012年に公開され、政治学の専門家のみならず一般の方々にも反響を呼んだそうです。私はまだその映画見たことはありませんが、彼女の伝記がすごく面白かったので、今度映画も見てみようかなと思っています。

話を戻します。アーレントは、『革命について』(On Revolution)という著作まるまる一冊を割いて近代以降の革命について考察しています。

細かい話は省きますが、彼女によれば、「革命」とは政治的な自由」(freedom)に関するものでなければならないとのことです。ある革命は、政治参加の「自由」への欲求を原動力とし、そしてそれを実現した限りで、成功と言えると。

そしてこの観点から、アーレントはアメリカ独立革命とフランス革命と対比し、前者を成功した革命、後者を失敗した革命とします。アメリカ独立革命は「自由」という政治的(アーレントの言葉で言えば「公的」)な課題を原動力とし、その目的を少なくとも部分的には達成したのに対し、フランス革命は「貧困」という社会的(もしくは彼女の言葉で言えば「私的」)課題に傾倒してしまったからです。

アメリカ独立革命を起こした市民は、アーレントによれば、革命を起こす前から「貧困」とは無縁でした。それゆえ、独立革命は各人の「私的」生活のためではなく、純粋に「公的」、政治的な目的へ向けて行われたものであり、実際に議会政治へのスムーズな移行を果たして市民の政治的自由を実現しました。

一方のフランス革命。「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」という有名な言葉に表されるように「大金持ちの王侯貴族と貧困にあえぐ平民」という格差社会だったフランスでは、”necessity“(「貧窮」と「必要」の意味がある)が革命を起こしたと言います。すなわち、明日の生活もままならない貧民が、「貧窮」という社会問題、もっというと「自分が貧しい」という「私的」な問題を解決する「必要」に迫られて起こした革命だったとのことです。結果、革命後に政権を握ったジャコバン派は、社会問題の解決に意識を取られており、政治的には反対派を弾圧する恐怖政治であって、自由」を実現することはありませんでした。王がいなくなっても支配者-被支配者の関係は変わらなかったのです。

長くなったので、キーワードをまとめておきます。

アーレントにとっての「革命」:政治的自由のために行われ、それを実現する限りで成功。

アメリカ独立革命(成功):政治的。「公的」な政治参加の「自由」が動機。またそれを実現。

フランス革命(失敗):社会的。「私的」な”necessity”(貧窮・必要)が動機。政治参加の「自由」を実現せず。

「大富豪」における革命は「大失敗」

上記の長々とした解説を読んでいただければ、「大富豪」における「革命」がアーレント的には失敗であることは明白でしょう。第1節の「大富豪」における「革命」に対する私の説明を読み返していただければおわかりいただけると思いますが、「富者」「貧者」というキーワードしか出て来ず、極めて「私的」または「社会的」問題に本質をおく行為であることがわかります。「大富豪」のプレイヤーは、自分が貧困から解放されたいという「私的」な動機に基づいて「革命」を起こすのです。

しかも、フランス革命は、王侯による富の独占を打ち破ったことで、少なくとも量的には貧者の数を減らしたのに対し、「大富豪」における革命では貧者も数もまったく減りません。この意味では、「大富豪」における革命は社会問題すら全く解決しておらず、「革命」の歴史においては「大失敗」した例として位置付けるべきでしょう。

では「大富豪」における正しい「革命」は?

上記のように、現行ルール下での「大富豪」における「革命」が適切なものでないのであれば、同ゲームにおいて我々はどのような「革命」を起こすべきなのでしょうか?

結論から申し上げますと、アーレントの政治哲学に基づくのであれば、「大富豪」に「革命」は必要はないと考えられます。というのも、「大富豪」ゲームはそれ自体アーレントにとっての理想の状態に近いからです。より具体的には、「大富豪」の参加者は「自由」に「活動」を行っているということです。全然具体的じゃないので以下で説明します笑。

ご存知かと思いますが、「大富豪」には様々なローカルルールがあります。8を出したらもう一回自分が出していい「8切り」だとか、ジャックを出したらカードの強さを逆転させる「イレブンバック」だとか。おそらく、みなさんが「大富豪」をプレイする時には、ゲームの初めに参加者全員で議論して、どのローカルルールを採用するか決定するのではないでしょうか?そして、この議論してルールを決定するという過程が、アーレントが人間の「活動的生活」(≒行為)の中で最も上位におく「活動」(action)の一種になります。

それは、「大富豪のルールを決める」という行為が、人間の「多数性」という条件に基礎付けられているからです。

多種多様な人びとがいるという人間の多数性は、活動と言論がともに成り立つ基本的条件であるが、平等と差異という二重の性格をもっている。もし人間が互いに等しいものでなければお互いを理解できず……しかし他方、もし各人が……互いに異なっていなければ、自分たちを理解させようとして言論を用いたり、活動したりする必要はないだろう。

出典:ハンナ・アーレント著、志水速雄訳『人間の条件』ちくま学芸文庫、2017年、pp.286

このように、お互い人間であるから言葉が通じ、話し合いができるという「平等」と、それぞれ好みのルールが違うという「差異」を持った人間同士が、自由に発言してルールを決める、言い換えれば立法する状況においては、「活動」が行われていると言えます。「大富豪」ゲームのこの状態は、おそらくアーレントとしては理想に近い統治形態であり、「革命」によってさらに「自由」が促進される必要はないでしょう。

※ハンナ・アーレントの「活動」に関してはこちらの記事で詳しく取り上げています!

人「間」としての「活動」:21世紀だからこそアーレントの『人間の条件』

おわりに

本記事を読んで少しでもアーレントに興味を持った方は、下にリンクを貼っております伝記をオススメします!たしか200ページくらいで、文体も優しいのですぐ読めます。ユダヤ人女性としての子ども時代、逮捕、亡命、二度の結婚、指導教員ハイデガーとの不倫、対立、そして和解……激動の人生を送った彼女の姿からはいろいろと学べることがあります。西洋思想に触れたことのない方でもこの機会にどうぞ!


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