知識がなくても、社会問題に意見を言うメリット2つ

ちぐはぐアクティブ・ラーナーの「凡さんす」(@academicocktail)です!

突然ですが、質問です。

「日本は、原発を廃止するべきですか?」

パッと意見が出た人もいれば、そうでない人もいると思います。

パッと意見が出た人は、普段から原発についてよく調べていて、自分なりの考え方を確立しているのでしょう。

そうでない人は、普段はなかなか考えなかったのかと思います(ちなみに私はこちら側の人間です)。

さて、原発についてほとんど知識がなく、事実に基づいた立論ができない人は、原発に「賛成」とか「反対」とか言ってもいいのでしょうか?

結論としては、言っていいし、言うべきです。

今日は、「社会問題について、専門知識がなくても意見を言うメリット」について書いていきます。

理由(1):対話を促進できる

まずは、社会に対するメリットです。

専門家でなくても、なるべく多数の人が意見を表明することで、社会全体としての対話を促進することができます。

議論を促進する、ということについてもう少し掘り下げます。

例えば、

このような専門家の意見が出ると、賛同する人もいれば、反対する人も出てきて、議論が巻き起こりますね。「例に出したデータが古い」とか、「コストは良くても別の面から見るとデメリットの方が大きい」とか、いろいろ意見が出て、原発についてのメリットデメリットが洗い出され、結果的に、その是非に対する集団内での共通認識が形成できます。

さて、このような議論の場において、次のような素人の意見はどう評価するべきでしょうか?

もちろん、専門家の意見に比べれば、こうした浅い知識での意見がもたらす議論への貢献は小さいでしょう。

しかし、全く無意味だということはありません。

もしかしたら上のを聞いた原発推進派の研究者が、「魚の汚染は、こうすれば回避できます」と対応策を教えてくれるかもしれません。このようにして、議論が前に進みます。

反対に、間違ったことを言っても、集団に対するデメリットはありません。あなたが専制君主でもない限り、あなただけの意見で社会全体が動くわけではないからです。

いろいろな意見があり、お互いを批判しあって少しずつ共通認識をつくることに議論の意味があるので、どんなに狭い知見しか持っていなくても、どんどん意見を言いましょう。

理由(2):自分の勉強につながる

もう一つは、自分に対するメリットです。

適当にでも意見を言っていると、いつのまにか、自分の意見をしっかりと事実に基づいた意見を言いたいと言う気持ちが強くなり、自分で勉強するモチベーションが生まれてきます。

また、言語化することによって、自分の知識のどこが足りていないのかを明確にすることができ、これもまた自分の学習にとってポジティブに働きます。

例えば、

「死刑は廃止するべきだと思う。なぜならば、死刑執行人の精神的負担がすごいから」

という意見を言語化したとします。すると、「ほんとうに死刑執行人の精神的負担ってあるのかな?そういう研究を少し調べてみよう」という疑問が生じて、ググったり本を読みたくなるんです。ほんとです(人によりますが)。

「何も知らないくせに」という声は、無視していい。

「かじった意見で偉そうに語るな」

「(育児の問題について)子どものいないあなたにはわからない」

「(外国の事情について)滞在年数◯◯年のくせに(もしくは、行ったことないくせに)、知ったようなことを言うな」

といった類の非専門家排除ワードは、無視で結構です。

ほんとうの専門家なら、「君の意見はココが間違っている」と的確に教えてくれるはずです。

そういう意味のある指摘だけ受け入れて、議論や自分の知識を積み重ねていきましょう♪

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建設的な議論の積み重ね方については、こちらの記事もどうぞ ↓

フェイクニュースを”ちゃんと”批判するために


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