「死んでからもなお生き続けること!」:『アンネの日記』感想

先日の記事(深い友情を築くのに必要なのは?:『アンネの日記』を例に)では、古典文学『アンネの日記』と、学生メディアきっとみつかるカフェ。様の記事「【大学の友達関係、浅くない?】大学生的お悩み相談室vol.2」に基づき、”友情”について考察しました。

学問の”カクテル”を自称する当ブログではこのように「何かと何かを混ぜる」ことが多いですが、今日は、『アンネの日記』それ自体について感想を書いてみたいと思います!(上の記事も頑張って書いたのでぜひ読んでくださいね〜!)

以下、同作品についての若干のネタバレを含みます。

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『アンネの日記』3つの魅力

アンネの日記』は、第二次世界対戦中にユダヤ人の女の子アンネが13~15歳の時に書いた日記です。ナチスの迫害から逃れるために家を捨てて移動した空き家における、アンネの家族のほか知り合い家族を含め総勢8人の共同生活の様子がつらつらと記してあります。

何の地位も実績もなかったフツーの女の子の日記が、どうして世界的名著と呼ばれ、読み継がれているのでしょうか?いろいろな回答があると思いますが、今日は、私が考える『アンネの日記』の3つの魅力についてお話ししたいと思います。

<『アンネの日記』3つの魅力>

1. 作者自身が続きを知らない

2. 作者の成長の過程が”見える”

3. 正直な気持ちが書かれている

1. 作者自身が続きを知らない

私が一番魅力だと思っているのはこの点です!

これは、フィクション小説や、伝記や自伝などの他のジャンルでは原理的にありえない、日記という形式だからこそ実現できたものです。

例えば、『日記』の中で、途中からアンネたちと共同生活を始めるデュッセルさんという人がいるのですが、彼は、第一印象はいい人そう、しばらくたつと本性を露わにしてきてアンネに意地悪するという二面性をもった人物でした(あくまでアンネ視点)。

もしこれがフィクションであれば、「最初は好人物っぽく書いておいて、あとである事件をきっかけに本性を現すという流れにしよう。そうだ、この辺に伏線も張っておこう…」といった形で、全て作者の計画のもとで描かれます

アンネの日記』では全く異なります。初対面のデュッセルさんに対し「とてもいいひと」(p.122)と書いた時、その時の彼女は本当にそう思っていたのです。のちに彼と衝突することになろうとは、作者自身が予測できなかった。このように、「自分だけでなく作者も続きを知らない」という事実が、この本を読むという体験を非常にエキサイティングなものにしています。

2. 作者の成長の過程が”見える”

日記はアンネが13~15歳の時に書かれたものでした。いわゆる思春期、子供から大人になる時期です。そのため、最初と最後では文体も使っている語彙や内容も全然違うものになってきます。私はこの本をある晩に最初から最後までぶっ通しで読んだのですが、その間は人間の成長を”見ている“感覚に近いものを味わっていました。今そこで一人の女の子の身長が急激に伸びているような、そんな感じです。

長期連載の漫画を読んでいると、作者の絵がだんだん上手くなったり複雑化していくのがわかって楽しかったりしますが、『アンネの日記』を読むことはそれよりもはるかに強烈な体験です。作者の人間性自体の成長を”目撃”することができるのです。

3. 正直な気持ちが書かれている

一応、この日記は後に小説として出版するつもりで書かれたものですが、アンネは基本的にそのとき感じたことを正直に書き残しました。反抗期特有の、周囲の大人たちへの反発心であったり、恋愛や性に関することであったり、なかなか人にさらけ出すのが難しいような内容がふんだんに含まれています。

そういう、見栄や商品的価値などとは無縁なこの『日記』だからこそ、以下のような言葉が刺さります。

こういう話(管理人注:オランダにおける反ユダヤ主義の動き)いったいわたしたちはなんのために、こんな長い、苦しい戦争を戦っているのか、わからなくなってきます。いつも聞かされるのは、我らはともに手を携えて、自由と、真実と、正義のために戦っているのだ、などというごりっぱなお題目なのに!それが、まだ戦いが終わりもしないうちから、そういう内輪もめがあらわになってきて、またしてもユダヤ人は、ほかの人たちから一段劣った立場に立たされることになるのでしょうか。じっさい、情けないことです。とても悲しいことです。今までに何度となく言われてきたことですが、ここでいま一度、むかしながらの真理が証明されることになろうとは。「ひとりのキリスト教徒のすることは、その人間一人の責任だがひとりのユダヤ人のすることは、ユダヤ人全体にはねかえってくる」って。

出典:出典:アンネ・フランク著, 深町眞理子訳『アンネの日記 増補新訂版』文春文庫, 2013年, p.523

ふつう人に見せたくないであろう自分の黒い部分や恥ずかしい部分と並べて、こうした政治問題を提起する文章が書かれていると、「この人はほんとうにそう考えて書いているんだな〜」と実感することができて、感慨深いものがあります。

おわりに

わたしの望みは、死んでからもなお生き続けること!」(pp.433~434)とアンネは書いていますが、この『日記』によって、彼女は死んでからも生き続けること、それも、かなりの程度で生の躍動性を残したまま生き続けることに成功していると思います。

ちなみに、この記事は、これから読む方のために、ほんとうに面白いと思った部分には何一つ触れずに書きました(笑)。ですので、まだ読んだことのない方はぜひぜひ手に取ってみてください↓↓


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※アイキャッチ画像はGonzalort1/wikimedia commons (CC BY-ND 3.0)

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