【失敗談】目的がないなら、留学に行く意味はないのか?【NO】

こんにちは!

ときどき、こういう会話を聞きます。

実は、私はBくんのような発言を何度もしたことがあります。

そして、経験上この考え方はあまりおすすめできません

本日はこのことについて掘り下げてお話ししたいと思います。


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bitwin’ が留学しなかった理由

私は、日本国の領域から一切出たことがありません。

中学校のころから英語は好きで、かつ、なんとなく国際協力的なものにも興味があったので、社会人になって一度は海外で勤務したいとずっと思っていますし、かつ、今までも「高校に入ったら留学したいな〜」とか、「大学に入ったら留学したいな〜」とぼんやりと考えていました。

でも、結局、それを実行することはなく、今に至ります。理由は以下の2つです。

以下、海外ボランティアやインターンなども含め、包括的に「国外に一定期間滞在して行う意識高い系の活動」という意味で、便宜上「留学」という言葉を用いています。ですので「留学」とカギカッコ付きで表記することにします。

理由その1:お金がない

私は家庭があまり、というか全然裕福ではなく、今大学に通わせていただいているのもいろいろと奇跡的な条件が揃ってのものです。ですので、「留学」に行きたいと言っても両親にお金を出してもらうのは不可能です。

でも、ほんとうに「留学」をしようと思ったら、別にお金がないのは問題ではありません。お金をまかなってくれる留学制度なんて山ほどありますし、あるいはバイトしまくって自力で海外に飛ぶという選択肢もあります。

でも、結局のところ私はそうした行動を取りませんでした。なぜか。

理由その2:はっきりとした目的がない

これです!!「なんとなく海外で何かしてみたいな〜」とは思っていましたが、「どこの国で何がしたい」という具体的な目的や動機がありませんでした。結局、高校までは部活で、大学では主にサークルやゼミで充実していたので、「別に海外行かなくてもこれはこれで楽しいか」と思って、上記の「お金がない」を覆す努力をするほどの「留学」に対する熱は湧いてきませんでした。

「無留学」の影響

たぶん、同じように、「なんとなく「留学」に興味あるけど、はっきりとした目的がないから行かない」と考えている方、一定数いるのではないでしょうか?

そのような理由で海外に行ったことがない方は、ぜひ一回行ったほうがいいです!!以下で、「なんとなく「留学」してみたい」と思いながらしなかった結果私がどんな状態になっているかを説明します。

※「なんとなく「留学」してみたい」というのがポイント。私は以下で一億総「留学」を主張したいのではありません。

影響その1:頭の中がずっとモヤモヤする

「海外行ってみたいな〜」 → ネットでいろいろプログラムを調査 → 「やっぱり費用や期間の関係で難しいや」 → 「まあ無理して海外行かなくても今の生活が充実しているしな〜」 → 「やーめた」

このプロセスを何度辿ったか覚えていません。とくに、友達の海外体験などを聞いたときに上記のような思考回路に陥りがちでした。

「まあ無理して海外行かなくても今の生活が充実しているしな〜」ともある通り、なんだかんだ言って海外に出ずともいろいろスキルを磨いたり経験を積んだりはできたので、「無留学」の生活を後悔しているわけではありません。でも、いつまでたっても「海外でなんか経験積んどけばよかったかな〜」という気持ちがぬぐえません。このモヤモヤがずっと残ってるのが、「無留学」の悪影響その1です。

影響その2:自分の言葉で語れるものが少ない

今の時代、現地に行かなくたって海外の情報はいくらでも手に入ります。現に私も、本や論文を読んだり、インターネット資料を漁ったりして、外国の情報はキャッチするようにしています。ですので、「無留学」だからといって外国のことに関して全くの無知であるということでは、当然ありません。

ですが、「留学」を経験した友人と話すと、外国のことに関して「自分の言葉で語れるものが少ない」として、なんだか劣等感のようなものを感じてしまいます(私が負けず嫌いすぎるだけかもしれませんが)。

影響その3:英語力に対するゆがんだ自信がつく

という会話をよくするのですが、これも自分の精神に悪影響を及ぼしていると感じています。

英語の勉強は中1から結構頑張ってきたので、海外経験がない割には英語運用能力はあります。割には、です。

上記のように「海外に行ったことのないのに英語がそこそこできる」と褒められることは非常に気持ちがいいのですが、結局、「海外経験がない人」の集合の中ではできるというだけであり、今後の自分のキャリアの関係上実際にはまだまだ伸ばさなければなりません。それなのに、「自分は海外に行っていないからこれくらいできればすごい」という制限をかけてしまっていて、向上心を妨げてしまっているのが事実です(「ここまで自己分析できているなら自分でマインドコントロールして向上心を引き出せよ」という話ではありますが、それは一旦おいときます)。

英語に関して補足:日本で勉強するのは非効率

学校の留学支援の先生などがよくこんなことを言いませんか?

これは一定程度正しいと私は思います。日本にいて英語ペラペラになることもできるでしょうし、語学以外で行く目的をじっくり考えた方が留学生活が充実しやすいというのも事実でしょう。

ですが、一つ補足させてください。

確かに国内にいても英語の勉強は可能ですが、効率が悪すぎます。これは国内英語学習をやり込んでいる私がいうことなので間違いないと思います。

日本にいると、基本的に英語を使わなくても生活できてしまいます。ですので、国内で英語を身につけようと思うと、自分から意識的に英語に近づかなければなりません。

実際に管理人はありとあらゆる手段を尽くして英語を勉強していますが、主なものを列挙すると、

・なるべく英語で開講される授業を取る

・日本のメディアよりも海外のメディアでニュースを見るようにする

・友達を募って定期的に英語縛りでランチする

・論文やレポートのためのリサーチをするとき、日本語のサイト・文献は原則閲覧禁止

などなど。かなり能動的に英語に触れにいくことを求められます。そして、もともと大好きだった英語がちょっと嫌いになってしまうくらいに頑張っても、まだまだ「なんとか話せる(聞ける・書ける・読める)」程度です。

以上、まとめますと、日本にいて英語力をつけるのは間違いなく可能ですが、留学に行くのに比べて学習効率は非常に悪くなりやすいということを指摘しておきたいと思います。

「留学」の目的は、行ってから見つかる

「留学に行ってないことによりあんたに悪影響が出ているのはわかった。でも、大金を払って煩雑な手続きを行い「留学」をするのに、「なんとなく」という動機でいいのか?」

と、疑問に持つ方もいると思いますので、この点について私の意見を述べますと、「なんとなく」という動機で十分だと思います。なぜならば、「留学」に行って何が得られるかは、行ってみないとわからないからです。

たとえば、私の大学の友人の一人は、夏休みに「なんとなく」インドで子供たちと関わるボランティアに参加しました。彼は、現地で出会った人々から人身取引の惨状について話を聞いて問題意識を持ち、今では人身取引を減少させるための開発ビジネスを志して活動しています。彼には、人身取引を止めたいなどという志がもともとあったわけではありません。そして、もしそのプログラムに参加していなかったら、今もそうだったでしょう。行く前には意図はおろか想定すらしていなかった経験が彼の人生を変えたのです。

逆の例も挙げましょう。別の友人で、大学に入学してすぐの頃にこれまたインドでのボランティア活動に参加した人がいます。彼女はそこで一応精一杯活動はしたのですが、同じく日本から来た他の人々の様子を見て、「自分はこの問題にここまでの熱意は持てない」と感じたそうです。それまでは「なんとなく」国際協力に興味を持っていた彼女ですが、それ以降、自分が心から熱意を持って取り組める社会問題は何かを考え直し、現在は公務員を目指して一生懸命勉強に励んでいます。

海外経験がこの2人にもたらした影響はまったく逆のものではありますが、いずれにせよ、自分が本当にやりたいことを見つけるために「留学」が重要な役割を果たしたことはおわかりいただけるでしょう。

まとめ:目的がなくても、行きたいなら「留学」に行くべし

以上、「なんとなく海外経験を積みたい」と思いながら一度も「留学」をしたことがない私の立場から、主に次の5点について意見を述べさせていただきました。

・「なんとなく海外経験を積みたい」と思いながら実行しないと頭の中がずっとモヤモヤする

・外国の状況について自分の言葉で語れるものが少ない

・日本で英語を勉強するとゆがんだ自信がついた

・日本で英語を勉強するのは効率が悪い

・「留学」に行って得られるものは行ったらわかる

もちろん、あくまで個人的な意見なので異論はたくさんあると思いますが、読んでくださった方にとって何かしらのヒントになれば幸いです。


最後までお読みいただきありがとうございました!記事の更新等はTwitterでお知らせしていますので、よろしければフォローお願いします!→ @academicocktail

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