学問により人間は堕落する?:大炎上の『学問芸術論』

炎上商法」って、聞いたことありませんか…?

よく作家さんであったりyoutuberの方であったりとかが、毒のある主張を展開して、叩かれることにより話題を呼び、知名度を上げていく。

そんな著作の「炎上」という現象ですが、実は今に始まったことではありません。

出す本出す本が賛否両論を受け、一生涯にわたって迫害されながら知名度を上げていった人がいます。

みなさんご存知、18世紀フランス啓蒙思想家のジャン=ジャック・ルソー氏(1712-1778)です。今回は、彼のメジャーデビュー(?)作『学問芸術論』(仏:Discours sur les sciences et les arts)を紹介していきます!


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ルソーの生涯と『学問芸術論』

ルソーといえば、このブログでも著作についていくつかの記事を書かせていただいておりますが、18世紀に活躍したフランスの思想家です。

数百年経った今でも最も有名な学者の一人としてその知名度を確立しているルソーですが、その生涯はあまりにも恵まれないものでした。簡単に、『学問芸術論』を出版するまでのルソーの人生を見てみましょう〜!

<『学問芸術論』を出版するまでのルソーの人生>

1712年 ジュネーヴに生まれる。生後10ヶ月後に母がなくなる

1723年 10歳。父親が決闘沙汰からジュネーヴを去り、叔父に引き取られる。

1723年 11歳。寄宿先の牧師の妹に体罰を受けてマゾヒズムに目覚める

1728年 郊外に遊びに出て市の門限に遅れて締め出されたのを機にジュネーヴを去り、貴族の婦人のスネをかじり始める。

1735年 動悸や耳鳴り、尿閉症に悩むように(なお20代)。この頃文筆をはじめる。

1737年 化学実験にトライして眼を痛め、「死ぬ」と思い遺言状を書く。すぐに元気になる。

1740年 家庭教師を始め、1年でやめる

1743年 ヴェネツィア駐在大使モンテーギュ伯爵の秘書に。が、翌年、伯爵と喧嘩して秘書をやめる。その後、作曲や執筆活動で細々と生計を立てる。

1749年 懸賞論文があたって(炎上して)有名になる。翌年『学問芸術論』として出版。

出典:福田歓一『ルソー』(岩波文庫)を参考に管理人作成

このように恵まれない半生を送っていたルソーですが、ようやく、『学問芸術論』の出版により有名人になり、ある程度収入を得ながら生活できるようになります(もっとも、その後はその後で、本を出すたびに弾圧されるので大変だったのですが…)。

なぜ炎上したのか

『学問芸術論』の何が世間の癪に障ったのか。簡単に内容を紹介します。

本論文はもともとアカデミー(王立研究機関)の懸賞論文に応募した文章を本として出版したものです。懸賞論文のお題は以下の通りでした。

学問と芸術の復興は、習俗の純化に寄与したか、どうか

出典:ルソー著、前川貞次郎訳『学問芸術論』岩波書店、1978年、pp.6

このテーマに対して、ルソーは「ノー」と答えました。すなわち、「学問・芸術が人間の風習を堕落させた」というのがルソーとった立場です。これには多くの賛成論と反対論が現れ、カフェにいけばこの論文の是非に関する討論で知識人たちの話題が持ちきりでした。

当時フランスは絶対王政の階級社会。古代の文化が復活して学問・芸術が花開いたルネサンスから数百年後であり、市民が貧困に苦しむなか、貴族や王家などの上流階級の人々は、文芸や美術などを嗜む生活を送っていました。「◯◯の絵画買った!QOL爆上げ!」という感じです。たぶん。

こんな時代ですので、上記の問いに「ノー」と答えることはかなりリスキーなことでした。美術品をコレクションし、学者と交わって博識ぶることに満足を覚えていた上流階級からすれば、「学問・芸術が人間の風習を堕落させた」という主張は、見過ごすわけにはいかなかったのです。ルソー自身もそれをわかっていて、懸賞論文には「ジュネーヴの一市民」として匿名で投稿しています。

少し中身を読んでみましょう。ルソーは、同論文にて激しく学問・芸術を攻撃しました。例えば以下のような調子です。

……どのようにして人間は、すべてを神のなかにみるのか、魂と肉体とが、二つの時計のように、互いに連絡することなしに対応しているのは、どうしてであるか、どの天体には人間が住むことができるのか、どんな昆虫が異常な方法で繁殖するか、などを、われわれに教えてくれる諸君よ、どうか、次の問いに答えてください。もし諸君が、われわれに、以上のことを教えてくれなかったとしたら、われわれの人口が今よりすくなく、政治もよくなく、恐れられることも少なく、繁栄してもいず、あるいは一そう邪悪になっていたでしょうか。だから、あなたがたの業績の重要性をふりかえってみてください。われわれの学者や最良の市民の最も輝かしい業績が、われわれにほとんど役にたたないとすれば、国家の物資をむさぼり食って、何の役にもたたないあの多くの無名作家たちや、なすところのない文士どもの群を、どう考えたらいかを、いっていただきたい。

出典:同上、pp.34

(太字は管理人)

かなり辛口です(笑)世の中の真理を探究してそれを偉そうに人に教えているが、それが社会に何か役に立ったのかという、痛烈な学問批判ですね。そして、最も優れた学者の業績ですら役に立たないのであれば、無名な文芸家のみなさんの存在意義に関してはどう考えたらよいのかと。

上記は学問がもたらす結果についての疑念ですが、その前の箇所では、学問がその成り立ちから無用であり有害であることが述べられています。

天文学は迷信から生まれ、雄弁術は野心、憎悪、お世辞、虚偽から生まれ、幾何学は貪慾から、物理学は無益な好奇心から生まれました。これらすべて、道徳でさえ、人間の傲慢さから生まれたのです。それゆえ、学問と芸術とが生まれたのは、われわれの悪のせいなのであって……

出典:同上、pp.31

でもよく見るとまともなことを言っている

このようにルソーは学問・芸術を様々な角度から徹底的に批判します。あらゆる学芸を否定するルソーの立場は極論であり、いろいろとツッコミどころはあるのですが、それでも書いてあること一つひとつを読めば、我々現代人も念頭に置いておかなければならないなと思うところも散見されます。

例えば、次のような箇所です。

……文学の世界にで不滅の生をえている、あの有名な人びとの名誉を羨むことなく、彼らとわれわれのあいだに、かつての二大民族のあいだに認められたあの輝かしい区別–一つはよく語ることを知り、他はよく行うことができた–を設けるようにつとめよう。

出典:同上、pp.54

(下線は管理人)

二大民族」というのは、古代ギリシアのアテネスパルタをさしています。前者が学問や芸術を開花させたのに対し、後者はよく体を鍛え、戦闘に強かった。アテネとスパルタの優劣についてはさておき、よく語る」ことよりも「よく行う」ことの方が大事だというのはその通りだと思います。極端な例ですが、この世に政治家と政治学者のどちらかしか存在できないのであれば、どちらを残すのが人類の利益になるのかは明らかでしょう。

そんなわけで、ルソーのいう通り学問を全部撤廃すべきかはさておき、学問のあり方を見つめるにあたって、同論文は重要な示唆を与えてくれると思います。とんでもなく高額な”研究費”を使って大学で研究し、教育し、社会の富を使っているのであれば、それはそれだけの価値を社会に与えるものでなければならない。学問をするものは、自分の研究がどのように社会に価値を生み出すのかを常に考えなければならないと思います。

ルソーが言うように「学問は役に立たない」とは言わずとも、「学問は役に立つように行われるべきである」ということは常に意識されるべきでしょう。

おわりに

同書で人為的産物である学問や芸術を「悪」だとする自分のポジションを確立したルソーは、次第に『人間不平等起源論』や『社会契約論』に見られるような、同じく人為的である社会制度への批判に目を向けていくことになります。

個人的には、ルソーの本は『社会契約論』を読んでおけばいいと思いますが、彼の考え方の萌芽を覗いてみたいという方は、『学問芸術論』を読んでみるとよいでしょう〜

(2018年5月25日追記)

記事を読み返していて、誤解を生みそうだなと思ったので補足。ルソーは「炎上」で有名になったのであって、最近よくある「炎上商法」で有名になったのではありません。つまり、自分で「炎上」を巻き起こす意図はなかったということです(「炎上」が起きることの予想は、おそらくしていたと思いますが)。

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子育て前に読みたいルソーの『エミール』

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