カントの道徳哲学:人格を目的として扱う「王国」?

西洋哲学の巨人エマニュエル・カントは、様々な新語を生み出しました。

「現象界」と「叡智界」、「超越論的観念論」、「物自体」などなど……それまでの哲学界になかった概念について議論するため、多くの言葉を作り出しています。

さて、数あるカント語の中で、管理人が最もかっこいいと思うのは、『道徳形而上学原論』で使用された「目的の王国」という言葉です。

「目的の王国」とは何なのか?そんな国があるのか?

というわけで、本日は、カントの道徳哲学について解説します。


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カントの道徳哲学:人格を「目的として」扱う

まずは、こちらの一節を読んでください。

君自身の人格ならびに他のすべての人の人格に例外なく存するところの人間性を、いつでもまたいかなる場合にも同時に目的として使用し決して単なる手段として使用してはならない

カント著, 篠田英雄訳『道徳形而上学原論』岩波文庫, 2011年, p.103

一読で理解するのは難しいと思いますが、言っていることは結構単純です。日常語に訳すと、「他人の人格を、何か別の目的のための手段として用いてもいいけど、相手自体のことも尊重しようね」といった意味を指しています。

例えば、ピザのデリバリーを頼むとして、このときピザの宅配員のお兄さんを「ピザを調達する」という目的のための手段として用いるのは構わないけれども、同時に彼自体を一人の人間としても尊重しないといけない(=人格を目的として使用しなければならない)よ、ということです。

したがって、仮にピザ屋さんが暴風警報のために休業だとして、その際「休業だ?ふざけんな!ピザを早くもってこい!お前はオレにピザを運んで来るために存在してるんじゃゴルァ!」と言ってはいけないということです。反対に、配達に何の支障もない快晴の日であっても、配達してきてくれたら「ありがとう」を言うことが期待されるし、ドタキャンしてしまった場合には誠実に謝ることが望ましい。このような姿勢が、お互いの人格を「手段」として使いつつも「目的」として尊重することを意味します。

目的の王国:決して実現できないけど目指すべき理想

カントは、このような形でお互いがお互いの人格を尊重し合う世界を目的の王国(独:das Reich der Zwecke)と呼びました。

……私は国というものを、それぞれ相異なる理性的存在者(管理人注:≒「人間」)が、共通の法則によって体系的に結合された存在と解する。

……理性的存在者は他の理性的存在者を単に手段として扱うべきでなく、いついかなるときでも同時に目的自体として扱うべきであるという法則に服従している……そうすると共通の客観的法則による理性的存在者たちの体系的結合、すなわち一個の国が成立する。

同上, p.113

お互いがお互いを常に目的として扱い、誰も人格を傷つけられない社会。聞こえは非常にいいですが、果たして実現可能性はどうでしょうか。現実社会を見ている限り、そのような状態に達するのはほぼ不可能な気がします。

実際、カント「もちろん一個の理想にすぎないが」(同上, p.115)と述べており、「目的の王国」が実現できないことは認めています。カントにとっては、「目的の王国」はいわば「決して実現できないけれども常に目指すべき理想の状態」なのです。

人間は不完全な存在であるから、「目的の王国」にたどり着くことはできないけれども、その状態にギリギリまで近づけるよう常に前進を続けるべきであるというのが、カントの道徳哲学です。

「目的の王国」概念に限らず、全体的に謙虚かつガッツがあるのがカント哲学の特徴です。「人間にはたどり着けない領域があるけど、その世界に限りなく近づくことを目指して頑張ろう」という姿勢が見て取れます。(こちらの記事も参照のこと:「カントの批判哲学とは?思想上の立場をわかりやすく解説」)

日常に引きつけて考えてみよう〜

さて、ここで、上で述べたカントの思想をもとに、日常に見られる出来事について考えてみましょう。

店員さんへの態度が横柄な人、たまに見ますよね。お金を払う側だとはいえ、相手も一人の人格なのであり、手段としてのみ扱われていい存在ではありません。上記は、そうした不適切な態度の顧客に対する対抗策として、言葉遣いで値段を変えることにした居酒屋。とても面白いですし、応援したくなる取り組みです。

上記のように、店員を道具(もしくは奴隷?)としてみなすのはよく見られる光景ですが、このほかにも、相手を「単なる手段として使用し」た結果起こる悲しき出来事は、挙げればキリがありません。酒に酔わせてレイプするのとか、過労死するまで働かせるのとか、これらは全て相手を手段としてのみ扱い目的として扱っていないところから生じていると思います。

自分の欲望を満たすことを大切にしながらも、他者を人格として尊重するように努めたいところですね(おっと、傍線部は私の個人的な価値観ですが、実はこれはカントの教えとは立場を異にします。この点についてはまた後日記事を書きますね)。

読書案内

下にリンク貼ってるのが、今まで私が読んだ中で一番わかりやすかったカント哲学入門書です!興味を持った方は是非手に取ってみてください!!


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