【一般の方向け】戦略的非暴力抵抗運動についてまとめ

シリアのアサド政権に対する英米仏の空爆が話題になっています。日本政府は公式には攻撃を「支持する」立場を取っている一方(首相「米英仏の決意を支持」 シリア政権攻撃 :日本経済新聞)、国民の中には、理由があっても暴力はダメだとして非難する声もあります。

私も基本的には暴力は良くないと考えているのですが、時には(今回のアサド政権が悪かはさておき)不正と戦わなければならない時もあります。いかなる時でも暴力はふるってはならないというのが万人の共通認識であれば、紛争など起こらないはずです。

したがって、仮に暴力を減らしたい、無くしたいとしても、暴力をただ糾弾するだけでは不十分で、「暴力よりも強力な戦闘手段」を開発する必要があります。

ということで、今回は、私が去年研究していました分野「非暴力抵抗運動」について簡単に解説します!

非暴力抵抗運動の基本的な考え方

「非暴力抵抗運動」という単語を聞いて、おそらく、何人かの方はインドのマハトマ・ガンディを思い浮かべたのではないかと思います。彼は、イギリスの植民地支配に対して、非暴力・不服従をモットーとする「サティヤーグラハ」(梵:सत्याग्रह、英:Satyagraha)をもって戦ったことで有名です。

ガンディは、「暴力は絶対ダメ。殴られても殴り返すより泣き寝入りする」という徹底した平和主義者(pacifist)ではありません。「相手の暴力よりも強い非暴力戦略を持って、相手を倒す」というビジョンのもと、彼は運動を指揮していました。

これが、近年政治学者の間で研究が進んでいる、「非暴力抵抗運動」の考え方です。英語では”nonviolent resistance”(非暴力抵抗)、”civil resisntace”(文民抵抗)、”civil disobedience”(市民的不服従)、”nonviolent struggle”(非暴力闘争)、”nonviolent action”(非暴力運動)などなど、多数の類義語がありますが、全てだいたい同じ意味を表します。日本語でもっとも定着している訳語はおそらく「非暴力抵抗運動」です。私個人としては、闘争手段としてのニュアンスを特に意識する意図で、「戦略的非暴力抵抗運動」と呼ぶのが好きです。

上記の通り、非暴力抵抗運動の基本的な考え方は、「暴力よりも強力な戦闘手段を開発することによって、誰も暴力を使わない状況を作る」ということにあります。確かに暴力は極力避けるべきものなのですが、圧政に苦しめられている人々であるとか、不当な植民地支配によって虐げられている人々、差別を受けている人々などは、自分たちの人権を守るための戦闘手段を必要としているのです。苦しめられている人々は、しばしばゲリラ集団などを作って武力闘争を行いますが、武力ではどうしても目的を達成できないことも少なくありません(武力闘争の失敗例:タミル・イーラム解放のトラ@スリランカ)。このような人々に、武力闘争を推奨するのでもなく、泣き寝入りを強制するのでもなく、武力闘争よりも効果的な方法を享受するというのが、非暴力抵抗運動の研究者らが持っている基本的な哲学です。

以上、長々と書きましたが、非暴力抵抗運動の基本的な考え方は、米アルバート・アインシュタイン研究所のジャミラ・ラキーブ氏の次の言葉に集約されます。

The greatest hope for humanity lies not in condemning violence but in making violence obsolete.

人類にとって最大の希望は暴力を非難する事ではなく暴力を「過去の遺物」に する事にあるのです

出典:ジャミラ・ラキーブ: 実効性のある非暴力抵抗運動の秘訣 | TED Talk

現状:すでに非暴力は暴力より強い

前節では、「暴力より強い戦闘手段を開発する」非暴力抵抗運動の基本的哲学を紹介しましたが、実はすでに、非暴力闘争は武力闘争よりも強いという研究結果が出ています。

著作権の関係上画像は掲載できないのですが、こちらのサイト(Violent Versus Nonviolent Revolutions: Which Way Wins? Why boycotts outperform bombs | Psychology Today)にあるグラフが表すように、市民による非暴力闘争と武力闘争では、非暴力の方が勝率が高いことがわかります(比較されているのは、主に圧政および植民地支配に対する抵抗運動です)。

この理由については後述しますが、2011年にチュニジアをはじめアラブ世界でドミノ的に独裁政権が打倒された「アラブの春」(Arab spring) をイメージしていただければわかりますように、武器を持たない市民が強力な銃や戦車を持つ権力を倒すというケースは、珍しいものではないのです。

もっとも、国家間対立を非暴力闘争で解決した例があまりない以上、アサド政権にどう対処するかという具体的な代替案を今すぐ英米仏にすることはできないのですが、”making violence obsolete”が全くの絵空事ではないことはご理解いただけるでしょう。

非暴力の武器:抑圧のパラドックス

非暴力抵抗運動がなぜ強いのかということについては、様々な説明が与えられてるのですが、その一つが「抑圧のパラドックス」(Paradox of repression) と呼ばれる現象の存在です。非暴力抵抗運動を理解する上で、最も重要な概念といっても過言ではありません。仮面ライダーにとっての変身ベルトくらいに大事です。というわけで、政治学に関わりのない方でも、この記事を訪れたからにはこの熟語だけでも憶えていただければと思います。

抑圧のパラドックスを一言でいうと、「非暴力抵抗運動は、やっつければやっつけるほど強くなる」ということです。非暴力運動に対して暴力で攻撃すると、不当(unjust)な攻撃と見られて、第三者が非暴力側に味方し、勢力が拡大していくのです。

実際にあった事例を紹介しましょう。1990年、当時王政だったネパールにて、一部の左翼勢力と学生が民主化を求めてデモを起こしました。はじめデモは数千人規模であり、大きな変化をもたらすには至らなかったのですが、政府の対応が火に油を注ぎました。デモを鎮圧しようと警察が実弾を使用した後、手当に当たった病院関係者が、政府に抗議を始めました。抗議をすると言っても、もともと彼らは反政府側の人間ではなかったので、あくまで政府の暴力的な対応への抗議だったのですが、次第に反政府運動陣営として活動するようになります。やがて、運動は弁護士や主婦などの層にも広がり、最終的に数十万人規模にまで膨らみました。結果、政府は運動を抑えることができなくなり、デモ隊の要求を呑むことになります。


※この話について詳しく知りたい方はこちら『王国を揺るがした60日-1050人の証言・ネパール民主化闘争』をどうぞ!(amazonに飛びます)


このように、非暴力運動を鎮圧しようとすると逆に運動を強化してしまうというのが、抑圧のパラドックスです。ネパールのみでなく、それこそアラブの春が起きた中東など、世界各地で同様の現象が見られます。

おわりに

非暴力抵抗運動についてもっと調べてみたいと思った方は、ジーン・シャープ氏の「武器なき民衆の抵抗」を読んでみることをお勧めします!リンクから飛んでいただければ全文閲覧いただけます。

今日は【一般の方向け】ということで、非暴力抵抗運動の基本的なところだけ紹介しました。次回は、非暴力抵抗運動を研究したいと思っている大学の学部生くらいを対象に、読むべき文献や使えるデータセットなどをまとめた記事を作成したいと思います(2018年5月25日追記:リンク貼ろうと思って完全に忘れていたのですが、【研究する方向け】としての記事も書いています↓)。

【研究する方向け】戦略的非暴力抵抗運動についてまとめ


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