貧困を撲滅する「虚栄心」:アダム・スミスの理論をバレンタイン・デーの格差社会で例えてみる

「見えざる手」

という言葉で連想する思想家は誰でしょうか?多くの方がアダム・スミスと答えるのではないかと思います。

ご存知の通りアダム・スミスは、近代経済学や資本主義の基礎を作ったイギリスの経済学者で、たぶん人類が資本主義経済を続ける限りいつまでも有名人であり続ける人です。

今回は、彼の理論を紹介します。

※2018年2月14日に公開した記事ですが、同年3月28日に一部修正しました。

教科書におけるアダム・スミス

中高生でまだアダム・スミスを習っていない方、あるいは大学生以上でもアダム・スミスの思想を忘れてしまった方がいると思いますので、彼の有名な思想についておさらいをしておきます。

以下、高等学校の政治経済の教科書より引用です。

スミスは・・・各人が自由な経済活動をおこなえば、神の「見えざる手」によって社会の調和が生まれると説いた・・・自由競争の下では、企業が利潤を、家計が効用(在野サービスを消費することで得られる満足感)を高めようと行動することで、最も望ましい経済活動が実現する。

出典:『政治経済』(第一学習社)pp.116

ざっくりいうと、「商品を買う側も売る側も各自が自己中に行動すれば経済成長がもたらされてみんなが幸せになる」というのがスミスの有名な理論です。

余談ですが、スミスの思想で最も有名な「見えざる手」は、彼の主著『国富論』の中で一度しか出てきていません。それにもかかわらず、これが現在こんなに有名になっているのって、すごいことだと思いませんか??

さて、もちろんスミスの主張はこの一節が全てではありません。この一節はスミスの理論の中で最も大事な部分の1つ(だと一般的にされているもの)にすぎません。今回は、スミスのもう一つの主著である『道徳感情論』の中から、この一節につながる面白いお話を持ってきました。

金持ちの「虚栄心」が貧困をなくす

スミスの理論の中で面白いと思ったのが、人間の「虚栄(Vanity)」についての考察です。以下、スミスのもう一つの主著『道徳感情論』からの引用です。

観察されること、同感と好意と明確な是認とをもって注目されることが、我々が自分の境遇の改善とから引き出すことを意図する利益のすべてである。単なる安楽または喜びではなく、虚栄が、われわれの関心を引くのである

出典:アダム・スミス著、水田洋訳『道徳感情論〈上〉』

岩波文庫、2003年、pp.129

すなわち、人は、自分が幸せであることだけでなくて、それを人に「幸せそうだ」と思ってもらうことについて必死になるということですね。私は何か楽しいことがあったらTwitterで呟きたくなる人なのでこれはすごく納得します(笑)

そして、スミスによれば、競争によって金持ちになった人がこの「虚栄心」から余計な贅沢をするために貧しい人を労働者として雇って給料を与えるので、結果として極貧の人はいなくなる、ということです。

『道徳感情論』の中では小麦農場を所有する地主のたとえ話でこれが解説されているのですが、もっとアホらしく説明できないかなと思い、以下の例を考えてみました。

「虚栄心」が貧困を救う例:〜バレンタインデーの場合〜

ちょうど今日はバレンタイン・デーなのでチョコレートで例えます。

あるところに、とっても女の子にモテる男の子が1人(「モテル君」と呼ぶことにします)と、全くモテない男の子3人がいました。今日はバレンタインデーです。4人とも今日は無一文で、彼らが今日一日飢えを凌げるかは、バレンタインデーのチョコレートをもらえるかにかかっています。なお、チョコレートが1個でももらえれば飢えを凌げるものとします。

さて、モテル君はさすが、10個のチョコレートをもらうことができました。案の定、太郎以下3人はチョコレートをもらうことができませんでした。このままでは3人は飢え死にしてしまいます。

実力でチョコレート()得たモテル君は、他3人に同情などせず、当然自分が10個のチョコレートを食べようと思います。しかし、そのとき彼の中の虚栄心が呼びかけました。「自分はモテる男らしく人々の目に映り、賞賛されるべきである」。そこで、モテル君は3人を呼んでいいます。「君たちで協力して僕の銅像を作ってくれ。そうすれば、一人1個ずつチョコレートをやろう」。モテない3人は、命がかかっているので、屈辱に感じながらも頑張って銅像を作り上げ、約束通りチョコレートをもらって1日を食いつなぎました。

周囲の女の子たちは、完成した立派な銅像を見てますますモテル君に惚れ込むようになり、モテル君はさらに10個のチョコレートをもらいました。気を良くしたモテル君は、再び3人に命じてもう一つ銅像を作らせます・・・(以下繰り返し)

これが、アダム・スミスの説く経済成長(economic growth)の原理です。この場合、確かにモテない3人は生きるための最低限の必需品(necessary good)をもらっているだけで、モテル君のみが余分のチョコレートや銅像という奢侈品(luxury good)すなわち贅沢品をもらっているので、全体で見て不平等なのは間違いありません。しかし、スミスに言わせれば「健康で負債がなく良心にやましいところのない人の幸福に対して」は「財産のすべての追加は余計」である、すなわち、最低限の生活ができていればあとは気持ち次第で幸せになれるので、こうして誰も不幸にならず、社会の富がどんどん蓄積されていく、ということでした(引用は同上、pp.116)。

このように、スミスは人間の心の弱さである「虚栄心」があることを認めた上で、それが幸せな社会を作るために必要だと述べたのでした。

ではなぜ資本主義が貧困を生んだのか?

ご存知の通り、スミスの理論通りに設計された資本主義はそれ単体では立ち行かず、貧困を生み出してしまい、現在は生活保護などのシステムを使って貧困を救うシステムが先進国では一般的になっています。なぜ、スミスの描く世界は実現しなかったのでしょうか?

結局のところ、虚栄心が貧困を救い社会を発展させる仕組みは、例えば上記のようなあまりにも単純化されたモデルでしか立ち行かないのでしょう。上のモデルをちょっと動かすだけで社会は瓦解してしまいます。例えば、銅像をつくるのには2人いれば十分で、残りの1人は失業(unemployment)し、飢え死にするかもしれません。もちろん、モテル君がチョコが大好きで、10個とも自分で食べてしまうことを選ぶかもしれません(例:一昔前のルーマニアの大統領ニコラエ・チャウシェスクは、国民が貧困で餓死する中、食べ過ぎで糖尿病だったそうです)。

おわりに

「今回の記事で読んだ具体例がバカバカしすぎる!もっとちゃんとアダム・スミスの理論を理解したい!」という方は、大阪大学の経済学者堂目卓生先生による『アダム・スミス』を読んでいただければと思います。以前「エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10(日本経済新聞)」にも選ばれているのでご存知の方もいるかもしれませんが、とにかくわかりやすかったです。300ページ足らずで、ほとんど専門用語を使わずに書かれているので、読者を選ばないと思います。私の5000倍くらい真面目にスミスの思想を解説しているので、よかったらぜひ!(笑)


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